フィルタ特性

この前作った『Shooting Star feat. marie』の仕上がりが納得できず、先日からいろいろ試行錯誤していました。
一部音色の差し替えとミキシング、マスタリングを変えただけなんだけど、聴いていてもいまひとつ面白くない曲が、なんとかまあ許せるレベルになったので、今度公開します。
そういえば、もうコンペに提出してから1ヶ月経ちましたが結果の連絡はありません。来月のDTM Magazineあたりで何かしら記載があるのかなと思ってるんだけどね…。
どっちにしてもNGの連絡が来るのを待っているだけだから、特に急ぐものでもないけど…。


最近曲作りが面白いなと思う理由は、同じ曲で同じアレンジでも、ミキシング、マスタリングで劇的に良し悪しが変わるということ。
また、同じメロディーでもコード進行やアレンジによってこれまたガラッと変わる。
そして、コード進行、アレンジ、ミキシング、マスタリングは全部、基本的にスキルです。
だけど、メロディーを作る部分だけは知識ではなく、自ずから発現されるもの、つまりセンスだとQ個人は思うのです。
曲作りをするQは、一種の『システム』や『フィルタ』であり、その入力は日常生活しているすべての出来事で、その出力は曲だと考える。
入力の中でも、曲作り系の本や雑誌は、スキルというフィルタ特性を変えるものであり、自分の好きな曲や新しい曲はセンスという一種の発振的なフィルタ特性を変えるものであり。
さらには、映画を観たり、友達と遊んだり、ご飯を作ったり、彼女と会ったり、惰眠をむさぼったりも、センスを変えていく一つ一つの要素だと思う。
だから曲作りを再開してから、すべての出来事はQのフィルタ特性を更新する材料であるから、無駄ではないと思えるようになりました。
だからといって何も悩まずいつでも前向きになれるわけではないのは、Q自身が一面的な『曲作りシステム』ではないという証拠でしょう。人はこれを人生と呼ぶのでしょうか。
夏休み中です。海かプール、行きたいなー。
水着のお姉さんはQのフィルタ特性を間違いなくギンギンに変えてくれるはずです。
みなさん一緒に行きましょう!

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